月並みのこと

 「月並み」という言葉はよく悪口として耳にする。例え、同じレベルであったとしても「大家」とか、「**」という『権威付け』が為されているなら高値が付くものであったても、無名の、あるいは『世間から嘗められている/バカにされている』作家の作品ならば只でも引取り手が存在しないという状況に陥ってしまう。これは事実である。

 つまりは、保証があって始めて価値が出るというこうことが、世間一般に行なわれているのであって、作品自体の価値など『実はドウデモイイコト』なのだ、少なくともこの国、世界に冠たる文明国であるこの国に於ては!

 以上に述べた論理と云うものは、実は芸術作品のみならず人間に関しても全く同様に通用する。世間一般の噂、あるいは近所の評判などというものは、この保証に寄りかかって『後から』でっち上げられる、云うならば『額縁』に過ぎない。巷のあちらこちらでササヤかれあるは大っぴらに口にされる『人物評』なるものは結局「額縁を誉め/けなし、絵を誉めない/けなさい」という伝に過ぎない。これは、言い切っても決して過言ではないだろう。

 勿論、中には「いい奴なんだけど...」、というような評も存在するのだが、この言葉に続くのは、結局、『相手を見下して、自分を蚊帳の外に出して、優越的な立場を確保する』という下心が見え見えの、「ホメゴロシ」に過ぎないことのことが、あまりにもアマリニモ、多く、結局、同じ穴のムジナに過ぎない。

 世間で見かける『額縁』を思い付くままに並べていくなら、金、学歴(これは「学縁」だな)、務めている会社、職種、コネ、などなどである。たたき上げの実力派の部長が社長の縁故のヒラに頭が上がらないなどという話しは巷にゴロゴロしている。逆に、額縁に拘り過ぎてたたき上げの、これといって能力の無い人間が同程度の能力でコネがある人間に殊更慇懃無礼に振舞い、一矢報いようと、本人の自覚もないままグダグダする、というのと同じくらい、月並みなお話ではある。

 同じ様に耳にするのは、女性の美醜によって扱いが違う、という話しだろうが、美醜程度なら最後はフーゾクで金を稼ぎ、整形手術でフーゾクの過去にサヨナラして美人に化ける、という最終手段が、「おんな」なら誰でも出来るのに対して、男の後ろ立て、保証の無いのはそのような救済手段と云うものが存在しない。せいぜい、宝くじか競馬の様なギャンブルであぶく銭を掴み、それを契機に『一回り大きなギャンブル』に挑戦するという、確率が0の夢を追う以外には『救い』と呼べるものは、存在しない。果てしもない泥沼が待っているだけ、なのだ。

 グチャグチャと『女の腐ったの』見たいな他人の悪口で自分の『情けなさ』というものをなんとか眼の前からうっちゃって、『我ながらセコイ』という思いを抱いてはコセコセと日々を過ごし、隣で不幸せな猫の様に寝息をたてる10人並の女房を隣に見下ろす夜を向かえ、コセコセした日々が骨の蕊まで染み渡った自分というものに気付いて、『俺も世間の人間並にはやってるじゃないか』という、自分に対してついた嘘に自分で欺され、ハム工場に向かう豚のように、あいも変らずブーブーと『女の腐ったの』みたいな他人の悪口を口にしてはコセコセと日々を送るという、【月並みな幸せ】という泥沼で腐ってはメタンガスのもとになる、というのが保証の無い男の末路である。時たま【月並みな幸せ】以外のものを手に入れられそうな人間を見かけると、反射的に自らの境遇と、これからの日々に思いを馳せ、『女の腐ったの』見たいな嫉妬にかられ、「正義は我にあり」という魔法の言葉を口に、罪の意識を感じることもなく、他人の心臓の3ポンドをえぐり出すことを思い浮かべては、辛うじて土俵際で踏みとどまり、「あいつにも『月並みな幸せ』なら手に入れる権利はある」と、足を引っ張る程度に抑えるというのが、その末路に至ったと自覚する男の思考である。これ以外の『救い』 というものは、同じ様な境遇にある男達の手により、破壊され、邪魔され、結婚式の日取りが決まった恋人の変貌の様な迫力と薄気味悪さで『おんなじ仲間だろう』というコノトキバカリの『仲間意識』で、泥沼の底に鎖でくくり付けられるという、妨害を擦り抜けなければ、手にすることが出来ない。

 月並みとは、そーいう意味で使われる、またその様な意味合をも含めた言葉である。他人が月並みという言葉であるものを批評した時、月並みという言葉を口にした時、前の段落で述べた感情と行動と条件付けをも言外に含めて他人に対してのみ使われる言葉である。

 冒頭で、『「月並み」という言葉はよく悪口として耳にする。』と書いたが、実は、ほとんど、人を誉めることの許されぬ境遇にある人間により口にされた場合には彼らにとって最大級の誉め言葉である。他人の幸せを喜ぶことも、他人を幸せな気分にすることも許されぬ彼らにとっては、これ以上の言葉は、決して口に出せない、『忌み言葉』であるが故に。

 

終り