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ハッカー探偵現る。ハッカー探偵シリーズ、第1作。

 

   プロローグ

 

 「えっと,このIDって,まだ発行していないんじゃなかったかな? 」

 もう,時計は深夜を越えて早朝を示そうとしている時間,とあるアパートの一室.柵に並べられたコンピュータとディスプレイ.

 ある草の根BBSのホストコンピュータシステムルームとなっているのだ.とは,いっても個人が趣味で会員数百人という程度で行なっているパソコン通信ネットワークであるため商業ネット呼ばれる大手ネットのホコリを嫌うコンピュータルームとは比べるべくもない.極普通のマンションの一室の片隅に柵と机を置いて,モデムと呼ばれる電話回線通話ようの変換機を置いてあるというだけ.一見したところ,興味のない人間の目にはごちゃごちゃと機械が詰め込まれているというだけにしか見えない.多少心得のある人間の目にも,普通の少し古いタイプのパソコンが動いているだけとしか見えない,ゴチャゴチャと薄汚い一隅が,ある事件を契機として日本国内のみならず海外にまで知られることになった推理小説BBS「ベーカーストリート」そのものであり,海山商事係長代理 29歳独身の山村の心のよりどころであった.

 山村はシスオペと通称される「ベーカーストリート」のシステムオペレーターであり,BBSの代表であった.自分の趣味を他人に語る度に繰り返している説明によると,草の根ネットワークのシスオペとは,単なる世話人とのことであるが,今山村は会員・ゲストと呼ばれイチゲンの客とがポストしていった文章に目を通し,不適切な言い回しや,トラブルの状況,そして,ハッカーと呼ばれる招かれざる客の形跡などを調べているところだった.

 発行した覚えのない会員番号,ID番号の記された書き込みが,山村の注意を引いたのである.

 山村はネットワークのソフトウエアにコマンドを送り,現在の会員数と登録途中の会員との情報を表示させた.やはり,そのID番号が発行された記録は残ってはいない.サブシスと呼ばれる割り当てられた範囲内で世話をしてくれる会員と将来の為に1000番までの会員番号は一般会員には使ってはおらず,1000番はゲストと呼ばれるお客の為に使われている.1001番から始まる一般会員はまだ3百を越えてはいない,つまり,1001から1300迄が一般会員のIDである筈なのだ.

 山村が疑問に思ったIDは7777番である.

 「ハッカーか?! 」

 山村の脳裏に映画のイメージやコンピュータセキュリティの勉強用読んだ本の中のハッカーのイメージが駆け巡った.これまで,BBSのシスオペを続けて来た経験から,山村は多かれ少なかれハッカーもどきの行動をとる人間とその行ないについては,あるイメージをもっていた.だが,このIDの人間の行ない程には鮮やかな手口をもっている人間は,これが初めてであった.

 「ベーカーストリート」のホストコンピュータに用いているのは,極ありふれたパソコンの,2年落ちと呼ばれる2年前のモデルである.ホストプログラムには,これまた草の根ネットではよく使われるパブリックドメインソフトウエアを山村なりに改良して使用している.セキュリティの面においてもそこそこ自身は,山村にもあったのだが.

 ピッとビープ音がして,一人「ベーカーストリート」を訪れた人間があることを告げた.山村は反射的にIDを調べ,それが設立以来の会員であり,ソフトの改良にも手を貸してくれた河村であることを知った.

 ”話しがある,チャットに来られたし <ID0000シスオペ”

 山村は,キーボードにコマンドをタイプし,河村にメッセージと呼ばれる,割り込み電報を送り、一足先にチャットルームと呼ばれる会議室へと移動した.

 ”現在の利用者1名”

 山村は,同切り出したものか,判断を付けかねていた.

 ”<オプ>が入室しました”

 システムがメッセージを表示し,河村が会議室に移動して来たことを告げた.これで,お互いのコンピュータにタイプした言葉が同時表示されるチャットモードになった.

 シスオペ>かわちゃん,こんばんわ

 オプ>ぺ

 オプ>話しってなに? >シスオペ

 シスオペ>今は,二人だけだよ

 オプ>スマン

 

 山村はしばし思案した.今の段階で,河村に話しを持ち込むべきだろうか? 河村との今までのつき合いから,コンピュータに関しては自分よりも詳しいし,人間的にもみるべきものをもってはいるのだが,少々軽率というよりも軽薄なところがあることを,山村はしっていた.今の段階で河村に話せば一緒にハッカー対策について考えてくれることは確かだが,同じくらい確実に「ベーカーストリート」にハッカーが入ってシスオペが四苦八苦しているという噂が河村を通じて流れるだろう.そうなったら,一層ハッカーその他が「ベーカーストリート」を荒らそうとすることになってしまうのではないか?

 ピッとビープ音がして河村が何かを書いたことを伝えた.

 オプ>おちて無いよね?

 シスオペ>ちょっと挨拶したくてさ.

 オプ>

 

以上